
今回は特別企画「周易 象伝」です。哲学としての「易経」のお話です。カテゴリーは「周易 象伝」になります。
今回は「火雷噬嗑 上爻 象伝」です。

上爻は「何校滅耳 凶」かせをにないてみみをめっす きょう。
象伝では「象曰 何校滅耳 聰不明也」しょういわく かせをにないてみみをめっす そうあきらかならざればなり。
罪によって裁かれるイメージもあります、それも一つの生まれ変わり、反省の機会です。
そして、「耳」を失う、は「本当の自分と向き合う」意味もあります。人は他者の評価によって心乱され、他者の評価に向かってしまうからです。
その意味で、自分の使命に向かうことを「罪」という象徴で表せば、「火雷噬嗑」は、問題をかみ砕いてすり合わせるイメージがあるので、問題を乗り越えて使命の邁進する、要するに「凶」を「生まれ変わる」と言う意味にとることが出来ます。
なるほど、でも、両者の意味が全然違うんじゃない?
どっちも、問題を乗り越えて出た答えに対しどう向かい合うか、と言う意味で「無意識的に同じです」それは、そういう状況だ、ということです、これは質問、何を問うか、聞き方によって、どちらなのか、分かるようになります、それが易を読む、と言うことなのです。
単純に吉凶じゃないんだね。
現実はそんなに簡単ではありません、なぜかと言うとそれは「人間は物事を勝手に複雑に考えて悩む」生き物だからです。
なるほど。





