今回は特別企画「中国文学哲学としての易経三百八十四爻」です。占いではない哲学としての「易経」のお話です。カテゴリーは「易経三百八十四爻」になります。
今回は「山雷頤(さんらいい)」三爻です。
卦辞は「貞吉 観頤自求口實」ていきち おとがいをみてみずからこうじつをもとむ。です。「山雷頤」は養う、イメージで、それは他者かもしれないし、じぶんのことかもしれません。「頤」は「あご、くちの辺り、おとがい」を意味し、「やしなう」という意味もあります。自分に合った、相手に合った、栄養をしっかり取ることが正しい、と言っています。
栄養をあるものを食べなさい、ってこと?
その、そのままの意味もあるし、比喩的な、成長に役立つことをしろ、という意味もあります。
「三爻」は「拂頤 貞凶 十年勿用 无攸利」いにもとる ていなれどもきょう じゅうねんもちうるなかれ よろしきところなし。
どういう感じなの?
「三爻」は比していません、(隣の爻と陰陽が違う場合、比している、つながっています。)周りとつながっていませんが、「上爻」と応じています、無意識、未来は感じます。そこを信じて自分を信じてしっかりやることが大切です。
なんで良くない感じの言い方なの?
「陽位」に「陰」で、自分を信じる力が弱いイメージだからです。
しっかり自分の道を行け、ってことか。
はるか先を見るべきですから、正しくても簡単にはいかない、十年はしっかり頑張りましょう、と言っています。
心が折れるなぁ。
山雷頤は、自分を信じて、しっかり成長して、山を登るのです。
なるほどね。
安易な道を行くなら「やしないにもとる」のです。
出典は「易経」でした。